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あの日の夜はなにをしていたのだろう。

帰路につく人々の群れを横目に近所にコンビニに寄ってはみたものの、すっからかんの棚を見て唖然とし、

自宅に戻り、なにかの役に立つかもとお風呂に水をため、いつものように振る舞うかのようにお酒を飲んだ。

インターネットやテレビでは、不謹慎ながら映画としか思えないような惨状の映像。

インターネットは通常通り使うことができ、TwitterやFacebookで友人たちと安否をやり取りし、

帰宅困難や慣れない電車以外での帰路につく方々を見つけてはなにかしら役に立つかもしれないと思える情報を送ったり、避難所の情報を拡散していた。

今でもそのときのことを思い返すと、気持ちがざわつき胸が脈打つのががわかる。

今は、いつでも母と顔を合わせることができ、いつの間にか良き相談相手となった兄や家族を感じさせてくれる兄家族。

他愛もない会話の途切れない、気のおけない古い友人たち。

変わらず仕事でもつながっていただける方々。

そして、こんな自分でもそれ以降に新しくお付き合いさせている皆さま。

あの時以上に縁してもらえる人たちが増えたのは、少しだけ前に進むことができたから。

もっと時計を早めたい。

あのときよりも、もっと生きているだろうか。

「その時」のことを忘れず想うことも、復興への一助に

震災で被害に遭われ亡くなられた方々へご冥福を申し上げるとともに、被災地のさらなる復興をお祈り申し上げます。

東北地方太平洋沖地震 – Wikipedia
2011年(平成23年)3月11日(金)14時46分18.1秒

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